HOME > ソフテックだより > 第428号(2023年06月21日発行) 現場の声編「テレビ会議システムの運用開始と撤廃」

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ソフテックだより 第428号(2023年06月21日発行)
現場の声編

「東日本大震災発生当時とその後の出張」

1. はじめに

私は八戸事業所に所属しております入社28年目のベテラン社員です。私はソフテック社員の中では比較的出張が多いのですが、多い出張の中でも東日本大震災発生当時とその後の出張がとても印象深く残っています。
12年前の事ですので記憶があやふやな部分もありますが、今回はその時の体験談をご紹介したいと思います。

2. 東日本大震災発生当時

私は東日本大震災が発生した2011年3月11日当時も八戸事業所に所属しておりました。
震災発生時は、翌日から始まる関東での出張作業の為、八戸から東京へ向かう新幹線の車内にいました。盛岡駅を出てしばらくたった後、乗客の携帯電話から緊急地震速報のアラートが一斉に鳴ったと思ったら、急に新幹線が減速を始めました。
その後、揺れは感じましたが、まだ新幹線が完全には停止していなかった事もあってか、それほど大きい地震とは思っていませんでした。
その為、すぐに走り出すだろうと呑気に考えていましたが、2時間ぐらい経っても動き出す気配がありません。
辺りが暗くなってきたので、これはまだまだ時間が掛かる可能性があるなと思い、一緒に翌日の出張作業を行う予定だった同僚に連絡をする為、本社に電話で連絡をしました。
しかしながら、電話がなかなか繋がりません。何回かトライしてようやく繋がり、明日の出張に遅れるかもしれないと伝えたところ、こちらも地震で大変な事になっており、おそらく延期になるだろうとの事でした。詳しい話を聞きたいところでしたが、携帯電話のバッテリも少なくなってきていたので、早々に電話を切りました。
その内、車内の明かりが消え、暖房も切られ、トイレも先頭車両にあるトイレのみ使用可能というアナウンスが流れ、事の重大さをようやく実感してきました。
新幹線が止まった位置が、ちょうど川に架かる橋の上だった事もあってか、車内がものすごく寒くなってきました。外を見ると雪がちらほらと舞っています。3月の八戸はまだまだ寒いですが、関東の方は暖かくなっており、荷物になると思ってきちんとした防寒着を持って行かなかったことを悔やみつつ、トンネル内だったら少しは暖かかったな?でも外の状況が解らず真っ暗なのも嫌だな等と思いながら、席でじっとしていました。
そのまま深夜に差し掛かったころ、ペットボトルのお茶と非常食、毛布が配られましたが、それでも寒く、ぶるぶると震えながらあまり眠れない夜を過ごしました。そして、とうとう夜が明けてしまいました。
朝になって、新幹線を動かす事ができないのでバスで盛岡駅まで移動するとの車内アナウンスがありました。昼頃にようやく順番がまわってきて新幹線車内から出て、新幹線の線路を歩き、バスへ乗り込みました。
バスの車内からは、崩れた塀や屋根、がたがたになっている道路など、かなり大きい地震であった事が、この時に分かりました。

3. 自宅への移動

盛岡駅に到着しましたが、当然の事ながら新幹線も電車も動いていませんでした。また、携帯電話も圏外となっており、どこにも連絡が出来ない状態でした。
幸い、盛岡駅近くに避難所が開設されており、まずはそこで冷えた体を温めようと中に入りました。中ではラジオの音声が流れており、各地の被害状況などを聞きながら、これは東京に向かうのはまず無理なので、一旦八戸へ戻ろうと考えました。
しかしながら、八戸への移動手段もなく、この避難所にもう一泊する事になりそうだなと考えていたところ、近くの建物にて乗り合いタクシーで遠方へ一緒に行く人を募集しているとの情報が流れてきました。
時間もあるので、遠方へ一緒に行く人を募集しているという建物へ向かったところ、丁度よく八戸へ向かう人を募集している人がいました。一緒に八戸へ向かう人が4人揃うまで募集しており、1時間ほどで4人揃いました。次に、八戸まで乗せてもらえるタクシーを探す為、タクシー乗り場に向かいました。
タクシー乗り場でも1時間ほど待つことになりましたが、無事に八戸まで乗せてもらえるタクシーを見つけました。この時、信号が止まっていて、走っている車も少なかったこともあり、八戸までとても早く着いた記憶があります。そして、なんとか夕方頃に自宅へ戻る事が出来ました。
自宅は停電していましたが、それほど被害もなく、停電もその日の夜には復旧しました。

4. 出張の依頼

日曜日を挟んで、翌月曜日にソフテック八戸事業所へ出社しました。
幸い八戸事業所でも大きな被害はなく、いつも通り仕事をしていたところ、お客様より震災による影響で監視システムのPCが故障した為、対応して欲しいとの依頼がありました。また、PCが故障したままだと生産が出来ない為、早急に対応をお願いしたいとの話でした。
代替えのPCを用意する事はできますが、代替えのPCを顧客の所までどの様に運ぶかが問題です。
八戸事業所から顧客の工場まで、車で3時間ほどの距離ですが、宅配便は止まっており、社用車にもガソリンがありません。ガソリンを入れようにも、ほとんどのガソリンスタンドはガソリンの販売をストップしており、一部販売している所は大渋滞かつ1台に販売する量も決められている等、困難な状況でした。
レンタカーはどうかと考えましたが、レンタカーもすでにガソリンが入っている車がなく、貸し出し不可とのことでした。
自分が盛岡から八戸への移動でタクシーを利用した事を思い出し、タクシー会社に確認したところ、金額はそれなりに掛かるが時間貸切という形で可能とのことでした。
早速、顧客へ金額は掛かるが可能である事を伝え、翌日代替えのPCを持ってタクシーで向かうこととなりました。

5. 出張当日

次の日の朝、会社でタクシーと待ち合せして、代替えのPCを積み込み、顧客の工場へ向かいました。
途中、ガソリンスタンドの渋滞に何回か遭遇しましたが、タクシーの運転手が機転を利かせて適切に迂回した事もあり、それほど時間のロスもなく到着しました。
早速作業に取り掛かり、代替えPCの入れ替えは無事に完了しました。
帰り際に、入れ替えしたPCとは別のPCのハードディスクが故障し、そちらも復旧する必要がありましたが、なんとか予定していた時間内に対応できました。
顧客からは、この様な状況の中で迅速に対応したことへの感謝の言葉を頂き、こちらも無事に解決して良かったと、うれしい気持ちになりました。

6. 災害対策について

東日本大震災以降、ソフテックでも災害対策を行う様になりました。
本社事業所では東日本大震災発生当日、電車がストップしてしまい、帰宅困難者が発生した事から、長期間保存可能な非常用備蓄食品を備える事としました。
八戸事業所では、全員自家用車での通勤であり、帰宅困難にはなりにくいとの理由で、非常用備蓄食品は備えず、懐中電灯とラジオを備えています。
個人的にも、自宅に非常用備蓄食品を用意しています。また、出張中で移動する際にはなるべく寒さに困らない様な服装にし、飲料水を必ず購入するなどを心掛けています。

非常用備蓄食品
図1. 非常用備蓄食品

7. 最後に

今回は東日本大震災当時とその後の出張について取り上げさせて頂きました。
当時はタクシーに2度も助けて貰った形となり、そのおかげもあって、困っていた顧客への依頼へ迅速に対応ができました。タクシー会社には感謝です。
また、震災前は特に意識していませんでしたが、震災後は出張中にも災害や事故が起こる事も想定し、個人的にも災害対策をする様になりました。
12年前の事ですので状況は今とは違うと思いますし、特別な状況ではあったと思いますが、今回ご紹介させて頂いた内容が、皆さんの災害対策や出張作業の一助になれば幸いです。

(T.T.)


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