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HOME > ソフテックだより > 第248号(2015年12月16日発行) 現場の声編「ソフテックとPLC」

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ソフテックだより 第248号(2015年12月16日発行)

現場の声編

「ソフテックとPLC」

1. はじめに

ソフテックは、昭和62年(1987年、以降年代を辿ることを優先して西暦のみで記します)に田原電機製作所のソフトウェア開発部隊が分離独立して設立しましたが、早いもので29年目に入りました。私は田原電機製作所に入社して製品検査、マイコンのソフト・ハード開発に携わっていましたが、ソフテック設立とともに28歳で異動しました。
現在弊社では、マイコンソフト開発、PCソフト開発に加え、PLC(Programmable Logic Controller)ソフト開発が3本柱です。
弊社はPLCと深い関係があり、今回はPLC自体の黎明期まで遡り、それをご紹介したいと思います。

2. PLC黎明期の関わり
2.1 SEQUENTROL(シーケントロール)開発

1940年代にはENIAC(米)など、真空管を使ったコンピュータが開発され、1945年には現在のコンピュータの原形である、命令とデータを同一のメモリに置くプログラム内蔵方式のノイマン型コンピュータ(米)が発明されました。
さらに、1948年にはトランジスタ(米AT&Tベル研究所)が発明され、その10年後にはIC(Integrated Circuit、米TI)が発明されて、1971年には米インテルが世界初のマイクロプロセッサi4004(4ビット)を発売しました。

弊社社長の田原は、田原電機製作所に1970年に入社してすぐPLC開発検討に入り、PLCの実行プログラムを直接ラダーで打ち込めるラダープログラマ「SP-01」を、カナダの電信電話会社「マイクロシステムズ・インターナショナル・リミテッド(MIL)」が発売した4ビットマイクロプロセッサ「MF7114」を使って試作開発しました。インテルは、1970年にセカンドソースライセンス契約をMILと締結しており、MF7114はi4004と同じ設計思想で、インテル内ではi4005と呼ばれていたようです。
SP-01開発にあたり、当時日本に初めて商社(三菱商事)経由で輸入されたMF7114の10個のうち2個を、田原自身が羽田空港まで取りに行ったというエピソードが残っています。田原にとってMF7114が宝物のようにとても貴重な存在だったこと、また一刻も早く開発を進めて完成させたいという想いを感じます。
ただ、MF7114には使用上の便利を図るための「参考周辺回路図」が存在しておらず、使いこなすのに試行錯誤の苦労があり、また最初の設計構想に比べ実際の回路が複雑になっていったようです。そんな時、1972年にインテルから8ビットマイクロプロセッサi8008が発売されたため、それに置き換える決断をして、1974年4月にはi8008を使って製品版ラダープログラマ「SP-02A」開発を終えました。
i8008が発表されたとき、カタログ上の価格は1個当たり120ドル(この当時は約300円/ドルなので、約36,000円)で、厚生労働省発表の当時の大卒初任給は52,700円ということですから、非常に高価だったことが判ります。

SP-02A
図1. SP-02A

SEQUENTROL
図2. SEQUENTROL

PLC本体は「SEQUENTROL(シーケントロール)」と呼ばれ、すべてTTL(Transistor-Transistor Logic)で構成され、ラダープログラム格納用メモリにはインテルがi4004と同時期に発表した世界初の紫外線消去型EPROM 1702A(256バイト)を使っています。
図1、2は、今から40年以上前に作られたSP-02Aとシーケントロールのパンフレット写真です。このパンフレットを作るとき、照明の当て方などにもこだわったということで今見ても存在感を感じます。
図2の左側にはシーケントロール前面が、右側の卓上型SP-02Aの奥には、シーケントロール背面が写っています。CPU&メモリユニットとI/Oユニットだけでなく、タイマ、カウンタ、ステッピング、アナンシェータユニットが準備されていました。
図1の携帯用SP-02Aに差し込まれたユニットは、シーケントロール用の「CPU&メモリ」ユニットで、SP-02Aでラダープログラムを書き込んだ後、そのままシーケントロール本体に差し込んで使えるように工夫されていました。

SP-02A CRT画面
図3. SP-02A CRT画面

EPROM消去器
図4. EPROM消去器

図3は、SP-02Aで組んだラダープログラムのCRT画面図です。CRTは白黒5インチで、解像度(46 x 22文字)は低いですが、ラダー図がきちんと描けています。
ラダープログラムを消去するとき、ユニットにEPROMを差したまま紫外線を照射できるよう専用の消去器(図4)を用意していました。

私は、シーケントロール発売後の入社ですが、その検査を担当する機会がありました。当時検査部門では、製造不良対応や修理も担当しており、どの部品が不良なのかを見つけて、不良ICなどを自分で交換する必要がありました。従って、シーケントロールの回路は全て理解する必要がありとても苦労しました。
CPU&メモリユニットには、マイクロプロセッサは搭載されておらず、CPUの働きをTTL回路だけで組んでおり、さらに、I/Oやタイマ、カウンタなどのユニットと完全同期して動いていました。
「ただ単に、回路を読むのも大変なのに、これを最初から設計するとは恐るべし・・・」と驚いたことを今でも思い出します。
また、当時は、世界初、あるいは世の中に登場して間もない電子部品を色々使っており、今では考えられないような問題も発生しました。たとえばシーケントロールでは、世の中に出始めたフォトカプラーを絶縁素子として使っていましたが、数年で光伝達率が低下して、スイッチング機能しなくなる問題が多発しました。そのような問題はあるものの、電子技術の分野は、世界初の色々な電子部品が次々と登場して、米国を中心にした群雄割拠の時代を身近に感じる非常に活気に満ちた時代でした。

2.2 シーケントロールの売り込み

世界的に見ると、米GMのハイドラマチック部門(オートマチックトランスミッションの製造部門)の要求仕様に沿ったModicon社の「Modicon084」(1968年に試作機稼働)が 最初のPLCのようです。そのModicon社が、PLC本体にマイコンを使いCRTでラダー表示できるようにしたのは1977年発売の「Modicon484」ということです。
『GM社がPLCの要求仕様を出すなど、自動車会社のオートメーション化がPLCの発展に繋がった』という人がいる一方で、『PLCはコンピュータメーカが独自に開発を進めたのだ 』と主張する人もいるようですが、当時は、色んな人がそれぞれの立場で急激に発展する電子技術の応用を必死に模索しており、私は両方正しいのだろうと思います。そして、シーケントロールは明らかに後者でした。

田原は、1974年4月に完成した強力な開発ツールSP-02Aを有するシーケントロールの販売活動を本格化します。当時、日本国内は石油ショックで製造業は萎縮しており、国内では売れないと判断して、商社などを使う余力はないため、英文のパンフレットも用意し1975年には単身で米国に乗り込みます。
最初に西海岸を回り、次に東海岸、最後にはシカゴを中心にする中部を1ヶ月近くかけて回り、門前払いは当たり前で大変苦労したようですが、ようやくGE(ジェネラルエレクトリック)のブルーミントン工場長との面談を取り付けました。
ブルーミントン工場は、GE全体の製造機器を造っている工場で、工場長(GEの役員)、技術部長、営業部長の3トップと面談できて、商談は極めて順調に進み、最後にはその3トップが見送ってくれたということです。また訪問時には、米国の国旗の他に日本の国旗が田原のために掲げられており、自国の国旗だけでなく他国の国旗も大切にする姿勢に、田原は大変感激したようです。
その後、GE担当者も2回日本に来て、田原も2回GEに行って商談は進みましたが、最終的には為替の変動幅が大きすぎて価格のリスクが大きいという理由で商談が途切れました。 そして、シーケントロールは国内のみの販売に止まりました。

そんな中、他の日本企業は、三菱電機が1980年に現行PLC最初のMELSEC-Kシリーズを発売し、オムロンはそれより少し早い1978年にSYSMAC-Mシリーズを発売しています。 両社ともに、1970年代前半にはミニコンピュータを使ったPLCを開発しており、その経験を元にマイコン化しています。
シーケントロールは、最初からTTLのみでCPU機能を実現して、SP-02Aは最初からラダーでプログラミングできるようにしており、当時の他社製品と比べると改めてその斬新さを感じます。
量産システム開発では、量産コストを抑える目的で、CPU性能を最大限に活かす必要があります。そのような開発も得意としており『素子・素材が持っている能力を最大限に活かす』という精神は今でもソフテックに生きています。

2.3 CRTプログラマ開発

ラダープログラマ
図5. ラダープログラマ

1982年には、国内のあるPLCメーカからラダープログラマ(図5)開発を田原電機製作所で受注しました。
8ビットマイクロプロセッサ8085Aを2つ使った2CPU構成で、ラダーとPLC命令語の変換・逆変換を司るCPUと、CRT・キーボードやROMライター、カセットテープへの録音・再生、PLCとの通信機能などを司るCPUに別れていました。
前者は田原(当時42歳)が担当し、後者は私(当時24歳)が担当して開発しました。 開発は6月から始まりましたが、『秋の展示会には何とか展示したい。それを逃すと商機を逸する。もし間に合わないと開発責任部長の責任問題になる』とお客様から言われ、200時間を超える残業が数ヶ月続き、先輩の結婚式参加も辞退して、機能限定で何とか展示会に間に合わせることができました。展示会は大阪で開催されましたが、私も説明員として出席しました。

開発装置は、1台1千万円近いインテルの「MDS」を使っていました。当時の最新鋭機でしたが、今に比べると処理能力は極めて低く、コンパイル・リンク・ロケートに2時間以上掛かり、デバッグ効率を上げるためには、コンパイルの回数をできるだけ減らす必要がありました、そこで、アセンブリ言語で直接パッチを当て、またできるだけ多くの機能を並行デバッグして、昼休みや夕食時間を使ってコンパイル作業を実施しました。田原と一緒に寸暇を惜しんで開発したことを懐かしく思いますが、それは私にとって貴重な経験でした。

3. FAVIEW販売に合わせたPLCソフト開発部隊の立ち上げ

1995年には、プロセス監視制御システム「FAVIEW」を発売しました。それまでは、具体的な案件を受注する毎に監視制御ソフトを開発していましたが、それを汎用化して、作り込みから設定ライクな開発に転換することが目的でした。
FAVIEWは市販のPCとPLCで構成されており、それまではPLCソフト開発部隊はありませんでしたが、FAVIEWを積極的に売り出すのにPLCソフト開発ができないのは問題だということで、PLC部隊を立ち上げました。
マイコン開発やPCソフト開発と同じ時間単価設定でスタートしたこともあって、高付加価値路線を歩むことになり、結果的にメカ装置制御、通信機能やネットワーク機能を有するシステムなど、難しい仕事の受注が増えていきました。

弊社設立とFAVIEWの発売を含め、コンピュータとPLCの歴史を整理すると以下のようになります。


年代 米  国 ソフテック 日本国内
1940   (真空管型コンピュータ開発)    
1945 ノイマン型コンピュータ発明    
1948 トランジスタ発明    
1950        
1958 IC発明    
1960   (ミニコンピュータ開発)    
1968 Modicon084開発    
1970       (ミニコンピュータPLC開発)
1971 i4004発売    
1972 MF7114、i8008発売    
1974   SP-02A、SEQUENTROL発売(*1)  
1977 Modicon484開発    
1978     SYSMAC-Mシリーズ発売
1980 1980     MELSEC-Kシリーズ発売
1982   ラダープログラマ受託開発(*1)  
1987   ソフテック創立  
1990        
1995   FAVIEW発売  
*1:田原電機製作所にて開発

表1. コンピュータとPLCの歴史

4. 現状のPLCソフト開発

ソフテックの特徴として、『積極的な提案を重視する』、『メーカ依存しておらず、メーカ混在のソリューション開発が可能である』、『下流から上流までワンストップで対応できる』などがありますが、それはPLCソフト開発部隊も同じです。
それに加え、PLC案件では『ソフトハウスの割に、ハードや現場に強い』という特徴も、お客様に評価いただけているようです。
この10年間を振り返ると、『マイコンシステムのPLC化対応(専用マイコン基板の部品廃品などが主要因)』、『PCシステムのPLC化対応(PCの耐環境性、信頼性、セキュリティ問題が主要因)』」、『さまざまな通信機器との接続とネットワーク化』、さらに最近では『IoT(Internet of things)の流れに乗るためのPLC活用(端末機器からの情報収集役など)』など、PLCの性能向上に伴い、PLCの活用範囲が格段に広がっている手応えを感じます。
また、通信技術やネットワーク技術などの純技術面では、マイコン開発、PC開発との垣根がなくなってきており、実証実験などのトライアル的な、また多品種少量案件では、PLC活用がさらに広がっていくだろうと感じます。

弊社では、10年以上前からラダー言語以外のSFC(Sequential Function Chart)言語やFBD(Function Block Diagram)言語、ST(Structured Text)言語にも対応してきましたが、最近になって、『日本国内も、ようやくPLC言語の国際規格IEC61131-3にある、ラダー言語以外のそれらが浸透していきそうだな』と感じています。
その動きには、団塊の世代と呼ばれる先輩方が、現役を引退され、PLCエンジニアの世代交代が急速に進んでいることも関係していると思います。

5. 最後に

40年以上前、PLC開発に着手したとき、田原には『これから必ずコンピュータの時代が来る。それを制御用のシステムに応用し活用していこう』という強い想いがありました。
残念ながら、SP-02Aとシーケントロールは、活用技術の割に世の中の脚光を浴びることはありませんでしたが、その開発に秘められた田原の想いはしっかり引き継いでいきたいと思います。

最後までご精読いただきありがとうございました。

(T.T.)


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